魔法が使えないなら死にたい / 大森靖子

メジャーデビューしたあたりから不思議と大森靖子の情報が入ってきていない。調べてみたら盛んに活動しているようである。単に僕が興味を失ってしまったようだ。しかし前はすごく好きだった。今でも前に聴いていた曲はたまに聴く。

「魔法が使えないなら死にたい」を聴いていて、歌詞の、「あの時期に買った懐中電灯」という一節の「あの時期」とは、2011年3月11日からはじまるあの時期のことだろうなぁと、今更ながら気づいた。「あの」という言葉は、甘い苦いノスタルジーを誘う言葉である。ポップ歌手が「あの日々」なんて歌えば、聴くものはおそらく自らの「あの日々」を思い出したりし、その歌詞は共感できる歌詞などと呼ばれたりするのだが、それは「あの日々」なんかが、聴く人それぞれに該当する思い出のありそうな普遍的な感じで書かれているからである。しかし「あの時期」は、「あの日々」なんかと違って、大森靖子と聴く者の間で明確に共有されている特定のあの時期だ。「魔法が使えないなら死にたい」の「あの時期」という言葉の指すものがわかってしまったときの感情は、ポップ歌手が「あの日々」なんて歌うときのものとはまったく違うなぁ、と思ったりした。

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