物事というものはじわじわと変わっていくものなのではないかと最近は思っている。つまり、あのときああしてさえいれば、ということはあまりないのではないか、というふうに思っているのである。「さえ」というのが大事で、「あのときああしていれば」と思うことはあっても、よくよく検討してみればやっぱり、「あのときああしてさえいれば」ということではないことに気付かされることが多々ある。どうしようもない流れの中での「あのとき」だったのだと、気付かされることが。
 今目の前にあるこのときも、やはり後の僕にとっては「あのときああしてさえいれば」と思うような「あのとき」ではないのだろう。だから、今目の前にあるそれについて、それほど熱心に抵抗しなければならないのか、と疑問にも思うのだ。もちろん容認したいものではないが、抵抗するほどのものでもない。そしてこの場合、何もしないことは容認を意味するのだが、僕にとっては「何もしなかった」のであって容認したことにはならず、誰にとっても平和である。そういうふうに考えることもできる。
 それども、僕は明日出かけるだろう。

カテゴリー:雑記・評論・まとめ.
コメント:無し

« »