B00HJ52L5G ♯ゆーふらいと [初回限定ビジュアル盤]
寺嶋由芙
AVOCADO records 2014-02-25

 昨年の五月だったか、テラシマユフがBiSから脱退した。彼女はBiSのエースだったわけで、脱退はBiSにとってもある程度の痛手であっただろうが、それはテラシマユフにとってもある程度の痛手であったはずだ。

 BiSはもう最初っから、メタアイドル的な(それでもアイドルの枠組みに回収されるのだが)戦略を持ったグループで、『アイドル10年史』の中のインタビューでプー・ルイが「とりあえず友情みたいなのがやりたかった(笑)。喧嘩をして涙したり、合宿してみんな揉めたりとか。」と語っているように、真相は別にして、「アイドル」を「やろう」としている「アイドル」、という構造があった。その構造に沿ってBiSは数々の脱退、内部抗争を「演出」してきた。テラシマユフの脱退「劇」も、真相は別にして、解散という結末に向かうBiSの物語の枠組みに収まっているということになるのだろう。

 「テラシマユフ」という名は、「プー・ルイ」に始まるBiSのメンバーのフォーマットに合わせてカタカナ表記になっていたわけで、脱退後の最初の仕事?ミスiD2014においては既に「寺嶋由芙」と漢字表記になっていた(Wikipediaによれば(!)、BiSに入る前には寺嶋ゆふという名義で歌っていたらしい)。ミスiDという、よくわからない新人発掘プロジェクト(失礼)。出ているのは各界である程度の名前のある女性たちだったりもするのだが、アイドルという文脈においてはやはり新人ばかりである。その中で、BiS時代に既にメジャーデビューしていた彼女は、アイドルとしての知名度はおそらくトップだった。しかしそれは、「テラシマユフ」の名で、ということである。「寺嶋由芙」という名は、「テラシマユフ」と比べればもうまったく広がっていない。2014年3月1日現在、Google日本語入力で変換できないし、検索の予測候補にも出ない。彼女が「テラシマユフ」でなくなるということは、引き継ぐものはあれど、ブランドを捨てることを意味していた。

 さて、そんな寺嶋由芙のファーストシングル「#ゆーふらいと」である。曲名を呟くとハッシュタグになるという巧みな商業的戦術(しかもちょっとパクりにくいだろう。これは見事)はさておき、曲調はニコニコ動画でちょっと前によく聴いた音楽(ryoとか)やらアニソンやらを彷彿とさせる(その起源は知りません……)もので、無難だが受け入れやすい。

 気になるのはやっぱり歌詞で、昔BiSの「primal.」について(これ、昔のものなので恥ずかしいのですが)、やはり歌詞を対象にうだうだ考えた際、よく知られた、というか戦略的に公表されてきたBiSの物語に歌詞が沿っているというような感じを受けたのだが、この「#ゆーふらいと」の歌詞も、BiS脱退劇にまつわるよく知られた話に沿っている、というか、関連付けて解釈できるようになっている。

 「#ゆーふらいと」、歌い手の名を冠したこの曲は、テラシマユフから寺嶋由芙へのフライトを歌っているのではないだろうか? 「嫌すぎた 何かになり続けられない」「まだまだ ひとりきり 戦わなきゃなの」「理不尽もなれっこだって笑えるよ」といった歌詞が容易に彼女の脱退劇を連想させるのは誰の耳にも明らかだ。そして、「甘いお守りがなくなるのはちょっと不安で でも振り返らず進め…飛べ…いま…!」といった部分が、ソロアイドルとして活動を再開した彼女の状況とわかりやすすぎる程重なる。そして、歌われるフライトは、「靄ける世界」を飛び越えるのだ。テラシマユフを辞め、「靄ける」数ヶ月を経、寺嶋由芙に着地する彼女に、やはり重なる。「「#ゆーふらいと」をどんな風に聴いてもらいたいと思ってますか?」という問いに彼女はこう答えている。

ゆっふぃー たぶん私のことを知って聴いてくれる人が多いからそう言う人には今までのことが重なっちゃうのはあると思うけどそうじゃない人にも届くといいなと思ってて。グループを辞めてから来てくれるようになった女の子で、私が辞めることや辞めてから活動してた時期に自分も会社で辛いことがあったり色んな決断を迫られたことが重なってたって。結局その子もそれに区切りを付けて今すごく充実してて「由芙ちゃんが頑張ってる姿を見て元気をもらえたからありがとう」って言ってくれた子がいて…あんだけの辛い事があったんだからタダでは終われないッて言うか。

「#ゆーふらいと」インタビュー ミュージック・インサイト

 これがそこらのシンガーソングライターやらの事情とちょっと違うのは、作詞は夢眠ねむ、というところで、しかも先に引用したミュージック・インサイトの記事によれば、事前の打ち合わせはなかったという。今まで真相を別にしてきたのに、ここだけ事実として捉えるのもどうかという気もするが、夢眠ねむも、BiSやメンバーの発信していた物語からこの歌詞を書いた、ということだろう。夢眠ねむはご存知のようにアイドルで、内側の存在で、ファン以上に情報のある可能性、もあるのだが、この歌詞がテラシマユフ/寺嶋由芙の公開されている物語に沿っているとすれば、物語と歌詞、という構造は、「primal.」と大差がないということになる。どちらも、一般公開されている物語に沿って、感傷的になりつつ、乗りこえて進み続けることを歌っていた/いる。

 「primal.」がBiSにとって「特別な一曲」であるように、寺嶋由芙にとって「#ゆーふらいと」が「特別な一曲」になるだろうことは想像できる(彼女の活動がBiS並に続けばだが……そうなるよう祈っています)。アイドルに押し付けられる物語(アイドルという物語を押し付けられる、と言った方がわかりやすいか)に苦しめられた(らしい)テラシマユフ/寺嶋由芙は、それでも物語を着続けるようである。テラシマユフ時代からの一ファンとしてはやはり嬉しく、大学で見かけたこともあった一後輩としては、心配でもあり。

補足:
この記事にはあまり関係ないですが、BiS含め、「アイドルらしからぬ」アイドルがアイドルの標準スタイルである、といった分析を香月孝文(「アイドルらしさという幻想 ――拡散する”アイドルらしからぬ”言説――」『アイドル領域Vol.4』)という方がしていて、おもしろいです。
ダンスもまた、アイドルオタクには受け入れやすいもので良いなと思っていたが、アイドルダンスの大御所竹中夏海らしい。彼女は『IDOL DANCE!!! 歌って踊るカワイイ女の子がいる限り、世界は楽しい』という本を出していまして、おもしろいです。アイドルダンスを考える参考に。
テラシマユフの脱退劇について、知ってる体で語ってますが実は全然詳しくなくて、それは僕の考えるアイドルとの健康的な距離感、的なものを保つためにあえて調べなかったからなのですが、興味のある方はググってみるとすぐに出てきます。物語は隠されていないのです。
歌詞は公式サイトにアップされているものに拠りました。

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