フォントいじりという言葉をご存知だろうか。僕もよくは知らないのだが、こういうやつである。

僕の推測するに、かつてテキストサイトの流行した時代があった。インターネット回線が細く、動画なんてもってのほか、画像でさえ圧縮して少しだけ使用する、そんな時代のことである、僕の推測するに。そしてそんな時代のテキストサイトにおいて一般的に用いられていた技術がこのフォントいじりであるのだ。多分。

このフォントいじり、やってみると難しい。
もちろん技術的に難しいということではなく。使いどころが難しいのだ。とても僕の見てきたテキストサイト各位のように上手くいかない。
パソコンを変えたりなんだりで、当時のブックマークは残っていない。今更どこのサイトだったかなんて思い出せないし、内容もありきたりなもので、ググることも困難だろう。しかし若かりし頃の僕は確かにいくつかのテキストサイトに通って、このフォントいじりに笑わされていた。

そんな風に消費され忘れ去られたテキストサイトたちであるが、ただ一つ、はっきりと記憶に残るテキストサイトがある。その名をNumeriといった。久しぶりにアクセスしてみたが今もちゃんと存在していてしっかり更新されている。このNumeri、非常に有名なサイトなのでご存知の方もいらっしゃると思うが、管理人pato氏がおもしろおかしい嘘っぽいようなほんとっぽいような様々な文章を日記として記していくサイトである。ブログではない日記だ。スタイリッシュなブログサイトが幅をきかすこの時代に、手作り感のあるどこか懐かしいデザイン、やけに俗っぽい好きな女優ランキング、あとはテキストテキストただテキスト(なんかほしい物リストとかもあるけど)。これぞテキストサイトである。と思う。

Numeri自体は基本的にフォントいじりの用いられることなく書かれているが、そんなNumeriにフォントいじりについて言及した文章が存在した。そう、今回フォントいじりから始まるこの記事を書こうと思ったのはNumeriのその文章を思い出したからなのである。

つまり今本当に書きたいことは実のところNumeriについてであって、フォントいじりはどうでもいい。僕もかつてフォントいじりに挑戦したけれど、今回と同じように上手くいかず、二、三回それを用いてもう飽きてしまった。フォントいじりへの興味はそこで失われたのだ。今回こうしてその興味が再発したわけだが、なんかこのサイト背景画像のせいで、文字が読みにくいのは前から知っていたが、さらにフォントいじりとか使ってみても効果がわかりにくいということが今回判明したし、もう飽きた。のでフォントいじりの話題はおしまいにする。

このNumeriであるが、実のところウェブ物書きとしての僕の原点である。かもしれない。いや、少なくとも原点の一つではある。まず僕はウェブ物書きと名乗っていいのか、そもそもウェブ物書きとは何か、そういったところにもつっこんでいく必要があるのやもしれぬが、ともかくこんなわかりにくい文章を書くようになった原因の一つはNumeriだ。僕にウェブ的(?)に大きな影響を与えたウェブサイトは二つあって、一つは御茶ノ水電子製作所、もう一つがNumeriなのである。前者は僕にハードボイルドなブラウザゲームを提供し、朝霧という恥ずかしいハンドルネームを与えた。そして後者は、僕にこの恥ずかしいわけのわからない理解し難い支離滅裂で奇妙奇天烈な怪奇文章を与えたのだ。

要するに僕のこの文体はNumeriのpato氏の劣化コピーなのである。違うかな。Numeriを見てた頃から今までにも豊富な読書体験(笑)を重ね様々な文体に触れたために色は薄まってオリジナルほどおもしろいものではなくなっていると思うが、しかし思い返してみるに、ブログを始めたばかりの僕は意識的にNumeriの文章を真似たと思う。そこまでしたのだから現在の文章にも影響のないはずがないと思うのだが、どうだろう。僕のこのブログにも数人程度読者がいてくれるはずなのだが、読者諸君! 君たちの判断に任せたいと思う。

Numeriにあって僕にないものは、まあたくさんあるけど、とりあえずオチの華麗さもそうですね。pato氏は真面目な書き出しでも真面目な内容でもどこかでボケを取りますし華麗に落とします。中学生の僕は憧れたものです。高校生だったっけ。まあいい。

しかしNumeriについてはまた機会があったら語ってみたいものだ。

なんか文章の締め方を忘れたのでなんか無理矢理締めようと思います。はい締まった! おわり!

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