なんか書いてしまった。フィクションです。誰とも何の関係もない妄想です。たいして校正とか推敲とかそういった類のものをしてないので、アレ。言い訳。

『キャンティーナ』

 カウンターで注文を済ませてテーブル席に戻る。隣の席の、一次会で散々に酔っ払って騒ぎつくした佐々木さんは、もうほとんど目をつぶりながらストローをくわえている。向かいの席の二人――浅野さんと翔くんは、何やら良い雰囲気を醸し出している。翔くんの方は元々アルコールに弱くて、佐々木さんのように眠そうにしているのだが、浅野さんの方は瞼はとろんとしているものの、瞳はきらきらと輝いているように見えた。二人は同じカクテルの入ったグラスを持っていて、翔くんの方のはほとんど減っていない。
 つまらなくなりそうだ、と思った。佐々木さんの向こうのテーブル席では幹事の野島を含めた四人がまだまだ盛り上がっているようだが、こちらの席で聞こえるのは浅野さんのハスキーで早口な声と、翔くんの呟くような返答と、時々佐々木さんが甘いジュースのようなお酒をストローで吸う音と、それだけだった。
 ウェイターさんが注文していたお酒を届けてくれる。やはり、甘いジュースのようなお酒。僕はアルコールが苦手だ。飲んで楽しくなったことは一度もない。いや、飲んで酔っ払っているうちは楽しいのかもしれないけれど、自ら進んで手に入れたい楽しさでは決してない。酔いが覚めた後に残るのは、ひどいだるさと虚しさだけだと、そろそろ大学に慣れてきた僕は知っている。甘ったるい一口を飲み込んで、それから壁にもたれかかって頭をつけた。ひんやりと心地よかったが、そのまま眠ってしまいそうで少し焦った。それから、それはそれでいいか、と思った。
 やはりうとうとしてしまって、店内がわずかにざわめいてはっとした。佐々木さんもほとんど眠っていたのだろう、のろのろとした動作で前髪を払い、きょろ、きょろ、とあたりを見渡す。僕は、壁から背を離して、斜め前方のモニターに目をやる。緑の芝、両手を突き上げながら走る男。音声はないのだが、たぶん叫んでいる。後ろから仲間たちが走り寄ってきて、彼の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、それから倒れ込む。激しく動く画面に疲れた僕は再びグラスと向き合う。そのグラスの向こうの二人は、相変わらず二人の世界にいるみたいだ。
「ねえ、サッカーとかわかる?」
 佐々木さんが僕の肩を指でつつきながら、甘ったるい声で尋ねてくる。この子はどうも、酒が入ると距離が近づいて、ボディタッチも激しくなる。嫌ではない。それなりにかわいい子なのだ。
「いや。ぜんぜん」
 声が枯れていることに気づく。僕はちょっと飲み過ぎるとすぐに喉を痛める。最近気づいたことだ。酒は嫌いで、いつもあまり飲まないつもりで飲み会に参加するのだけれど、今日は割と飲んでしまった、なぜか。一次会でも隣席だった佐々木さんが速いペースで飲み続けていて、そして飲め飲めと僕の肩に頭を預けながらしきりに言ってきたのも理由の一つ。この子、彼氏とか好きな人とかいるのかな、とか、この子にとって僕はどれくらいの男だろう、少なくとも嫌われてはいないよな、とか、そんなことを考えながら飲んで飲んで、今はもう、ただひたすらにだるい。
 そういう想像の全てが無意味だと今の僕は知っている。今の僕というのは、一度酔っ払って楽しくなって、その後の僕。酒を飲んだり、いや飲まなくても、女の子と楽しく会話できる度にそんなことを考えて、落ち着いてから、とても虚しくなって。最近はもうずっとそんなことを繰り返している。女の子のことだけじゃない。飲み会で騒いだり、仲間と音楽をやったり、ほんの少し美味しいものを食べたりした後でさえ、そんな微かで瞬間的な幸せに何の意味があるのだろうと僕は考えてしまう。馬鹿らしいとは思う。大学に入ってからできた友人にその話をしたら、死ぬよ、と言ってくれて、僕は嬉しかった。そういった虚しさはいつも死にたいという空虚な言葉を伴っていて、それをわかってもらえた、認めてもらえた気分になれて。馬鹿らしいことだと思う。
 死にたい、と声に出して呟いてしまったかもしれない。けれどもまわりを見てみると、誰も僕に気を向けてなどいない。佐々木さんは前方、カウンターの方のモニターに目をやっていて、時々いけーだのあっ、あっ、だの、応援しているらしき小さな声を出す。前の二人はそれぞれグラスを見つめながら、ややトーンダウンしつつも、他愛ない話を続けている。推測するに、浅野さんは翔くんを狙っているのだ。
「これ、どことどこの試合?」
 僕は佐々木さんに尋ねる。本当に知りたいわけじゃない。
「んー、知らない」
「どっちを応援してるの?」
「えー? 適当に」
 そうだと思っていた。基本的には、ボールを持ってる方を応援しているみたいだけど。あるいは画面の中心に映る選手の側。しかし、いろいろなものがそういうものなのだと僕は思う。僕たちは大した思想も価値観も持たずに、ただ目の前にある正しそうなものを応援する。あるいは、逆。
 ねえ、彼女とかいるの?
 浅野さんが言った。あーあ、と思う。
 翔くんには彼女がいる。遠距離の。翔くんは関西から上京してきた人で、彼女は関西に残っているのだ。最近は上手くいっていないと言っていたけれど、それは浅野さんにとって希望になるだろうか。なれば良い、と思う。適当に人の幸せを祈るのは好きだ。逆、不幸も、たまには祈る。そういう時、その誰かが不幸になったり幸せになったりすることで逆に幸せになったり不幸になったりする他の人間のことは、見ないようにしている。
 いるよ、と翔くんは言った。ふーんそうなんだー、と調子も変えずに答えた浅野さんの方を僕は見れなかった。どんな子なの、と尋ねてみせる浅野さんは今どんな目をしているのだろう。案外、きらきらしたままかもしれない。
 隣のテーブルがざわめく。僕は視線をやる。幹事が何やらやけに小さなグラスを手にしている。
 なにそれ。僕は尋ねたが、誰も答えなかった。ただ、向こうの話す内容から、強い酒であるということはわかった。飲む想像をしただけで頭痛がした。野島は得意気にそれをみんなにまわしていった。一口舐めてはやばいと言って隣にまわす。やばいと言って、僕にまわってくる。舐めるふりをしようと思ったけれど、口元に近づけると急に一気飲みしたい衝動にかられて、結局一口、飲み込んだ。ひりっと舌の焼ける感覚があって、唾といっしょに飲み込む。喉も熱くなったが、量が少ないから、それ以上の影響はなさそうだ。僕は浅野さんに手渡す。彼女も一口口をつけて、やばいよ、と言って、翔くんに渡す。翔くんはそれを口に近づけて、ごめん無理、と言って、結局口も付けずに、その酒は幹事に返った。

 終電で帰ることにした。他の男たちは野島の家に泊まるようだったけれど。山手線で池袋まで浅野さんと二人きりになった。浅野さんはお洒落な格好をしていて、化粧もきちんとしていて、僕には不釣り合いな子だ。彼女の入っているサークルの話を聞いて、君は何をやってるのと聞かれ、答えたあたりで池袋に着き、またねと言って別れた。
 一人、頭痛と吐き気と戦いながら、下りの満員最終列車の中、人と人の隙間に自分の空間を確保しながら、溜め息をつく。僕は浅野さんのことが好きだったのだろうか。そんなはずないのだ。それなのに、僕は苦しい。人の色恋沙汰が憎くて苦しい、嫉妬、それだけじゃないと思いたい。むしろ焦りに近いのだと思う。人はみなそれなりに幸せに生きているように見える。見えるだけなのかもしれない、しれないが、ではなぜ生きていられるだろう? 死にたい、と頭の中で呟いた。
 無意味だと思う。この思考も、感情も。僕は眠ろうとする。

キャンティーナ.txt

カテゴリー:創作.
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