う、欝。。。原稿用紙五枚くらい。井上陽水の少年時代を聞きながら思いついた。ひどい。

続きからどーぞ!

少年時代

 いっしょに行かない? 
 そう彼が言ってくれた時には本当にどきどきしたし、すごく嬉しかった。
 彼はもう、帰ってしまっただろう。明日からはもう、今までと同じようには話せないのかもしれない。そう思うと、すこし寂しい――けれど。
 見知らぬ歳上の男、ライターの炎に照らされるその汗ばんだ皮膚を見つめながら、私はずっと彼のことを思っている。でも、後悔がない――そのことが私にはとても不思議で、そして、恐い。痛いくらいに私を強く抱いた目の前の男はもうまったく冷めていて、それでも、男を信じているわけでも諦めているわけでもなく、怒りも悲しみもぜんぜん浮かんでこないのだ。

 ・・・・・・・・・・・・

 夏の夕焼けはしぶとい。待ち合わせ場所は出店の並ぶ通りの近くの稲荷神社――夏祭に来る人たちの駐輪場になっていた。私が下駄をからからと鳴らしながら着いた時には彼の姿はなく、階段を登って鳥居をくぐると、子どもたちのはしゃぐ声も聴こえなくなって、蜩の鳴き声に包まれる。境内は木々の葉に覆われて暗く涼しく、浴衣では寒く感じるくらいだった。
 階段の下、彼が待っていた。白いシャツ……制服のままみたいだ。顔が熱くなるのを感じる。やはりどこか気恥ずかしくて、慣れない下駄で一段ずつゆっくりと階段を降りて、彼がそっと差し出した手にも気づかないふりをした。
「ごめん、先に着いてた?」
「ううん……今来たとこよ」
 そんな定番のセリフが自然と出てきて、すこしおかしかった。行こうか、と彼は小さい声で言う。
 山車の出るにはまだ時間があったけれど、通りにはもうたくさんの人がいた。端の出店のほのかな灯りには羽虫が集まっていた。
「……わたし、祭りなんて久しぶり」
 彼に聴こえるよう、大きな声で言う。
「そうなの。俺は、去年も来たよ、友達と」
 そう、と答える。いつもよりずっとぎこちない――彼も、わたしも。彼とは幼なじみで、普段からよく話してるけれど――変に意識しているからだとはわかっている。けれど、今日は変に意識すべきなのだ、たぶん。
 ふと気づくと彼は少し後ろの出店でお金を払っていた。止まる時くらい何か言ってくれればいいのに、と思う。彼も相当変に意識しているらしい。ごめんごめんと言いながら戻ってきて、わたしに硝子の風鈴を渡した。
「これ、あげたかったんだ――去年から。綺麗だろ?」
「う、うん……良いの?」
「良いよ、安いし」
 また、二つの山車の出逢う場所にむけて並んで歩きだす。彼の左手はと固く握られていて、私の右手も浴衣にきっちりとくっついていて。なんとなく触れてしまうのは恐かった。戻ってこれないような気がした。何処から何処に戻れないのかはわからないけれど、そんな気がした。左手に持った風鈴は人混みの音の中でとても透き通った音を鳴らした。

 帰り道、日はもうすっかり暮れていて、私は下駄をかたかた鳴らしながら、彼は自転車をガタガタ鳴らしながら懐中電灯で前を照らし、二人並んで川沿いの堤防の上を歩く。彼の自転車の籠の中では透明のラムネ瓶が二つ転がり、蟋蟀は鳴き、もう涼しい秋風が吹いていた。愉しげな声――人はまだらで、けれども普段よりはずっと多くいた。
「あ」
「……ん?」
「花火したくない?」
 彼は言う。河原を見ると、いたるところで花火が光っている。聴こえる音は愉しげで、それに、このまま終わるのもあまりに寂しい気がして、そうだね、と私は答えた。彼は私に懐中電灯を渡す。
「ここらで待っててくれよ。買って、すぐ戻ってくるから」
 彼は自転車に乗り、ラムネ瓶を鳴らしながら、立ち漕ぎで走っていった。
私の左手の指にぶらさがる風鈴は、透明な音を出す。私は堤防から少し降りて、座った。良く聴くと川の流れる音がかすかに聴こえる。少し離れた場所から打ち上げられた花火が対岸の林を照らす。若い男女のはしゃぐ声が混じる。私は懐中電灯と風鈴とを地面に置き、ため息をつく。蟋蟀の鳴き声や川の音があまりに大きく変化もなく、なんとなく、ここに一人取り残されてしまった気がした。そしてそう思うと、体が震えた。風が冷たい。

 ねぇ君、独りなの?
 だから――その声に従ってしまった。

 その男の後ろにはたくさんの男たちがいたけれど、私が独りです、と答えると、変に笑いながら歩いていってしまった。むこうに車停めてあるから、と男は私の手を引いて、それから優しげに笑った。私は腰を浮かせて男の手を取って、微笑んだ。
 硝子の風鈴は懐中電灯といっしょに置いていった。持っていってはいけない気がした。

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