猫といえば皆さん、アフラックのCM思いだしませんか? 猫とアヒルが力を合わせてるやつです。あれけっこう気に入ってるんですよ。かわいいですよね。宮崎あおいさんが。なんで結婚しちゃったんだよー。

それはいいとして皆さん、猫といえばやっぱり夏目漱石ですよね。僕が一番最初に読んだ近代文学は何を隠そう『吾輩は猫である』でした。夏目漱石著だなんて言われると固い難しいイメージを持ってしまいますが、彼の小説は以外に俗な内容なんですよね。今夜は月が綺麗ですね、で伝わるような女性とお付き合いしてみたいものです。

はてさて本題は『猫とともに去りぬ』です。1920年生1980年没、イタリアのファンタジー、児童文学作家であるロダーリ作関口英子翻訳。光文社より。題名から猫→アフラックのCM、夏目漱石を連想してみました。

どんな本なのかというと、短編集です。児童文学、と題されていて表向きはそのような感じがしますか、実際読んでみると冗談がきついきつい。ブラックジョークとまではいかないまでも、大人たちや社会への痛烈な皮肉である短編たち。登場人物たちの生活はあっさりと破壊され、また彼らはあっさりと恐ろしい決断を下す。それはまさに後先を考えずに行動する子どもの残酷さのようです。

しかし、後先を考えて行動することが絶対的に正しいとも言えませんよね。人の世には自らの利益の追求以外にもたくさんのすべきことがあります。例えば世界を救うために命を投げ出すこと、もっと小さく見知らぬ人に道を教えてあげること、あるいは妊婦さんに席を譲ること。世界を救うために、というのは家族や自の愛する人を救える、という利益があるかもしれませんが、後者二つってのは良くて自己満足ですよね。親切を施した相手に会うことはおそらくないでしょうし、かわいい女の子がそれを見ていて僕に惚れる、なんてこともありませんし。こういったものはまだ知識をあまり持たない子どもには難しい行動ですが、それでもそういう行動を取ることによって人が幸せになると教えられた子は素直にそれを実践します。それはやはり自分の利益追求にとらわれない、後先を考えないことの功名なんじゃないかなぁ。そういうことを素直にできる方というのは、無意識にそういった他人の利益を追求する優しい心を持っているってことなんじゃないかなぁ。なんか違う話になってきてる気がしますね。

あとがき・解説によるとこのロダーリの作品は教科書にのるような児童文学だとか。ちょっと信じられない。イタリア文学の代表的人物の一人であり、イタリアで最もよく知られた作家の一人だとか。ぜんぜん知りませんでした。作中に何度か「日本製」という言葉がでてきてちょっと誇らしい気持ちになるのですが、日本人はあんまりイタリアのこと知らないですよね……。もちろん僕も含めて、インターネットやメディアの普及を享受するだけでは世界規模の考え方、グローバルな視点というものは持てないみたいです。

あと、この短編たちを読んで思いだしたのが、喜劇王チャップリンの映画たち。おそらくイタリア、ファシズム、ファシズム批判で連想したのでしょうが、チャップリンの映画って動きが早くありませんでした? 餓鬼の頃に見た限りなので記憶が曖昧なのですが、カクカクでスピーディーな昔の映画みたいな印象をロダーリの短編から感じます。イメージしかり、ユーモアしかり、なんとなく似ている気がする、覚えてないのに。

短編集は空いた時間にちょうど区切りよく読むことができるので良いです。通学通勤昼休みのお供にぜひ。痛快でおもしろいですよ!

猫とともに去りぬ (光文社古典新訳文庫) 猫とともに去りぬ (光文社古典新訳文庫)
ロダーリ著 関口 英子 訳

神を見た犬 (光文社古典新訳文庫) パパの電話を待ちながら 海に住む少女 (光文社古典新訳文庫) 天使の蝶 (光文社古典新訳文庫) 飛ぶ教室 (光文社古典新訳文庫)

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