風に
「手伝えよ」
 冬の日はもうほとんど沈んでいた。ほかの女子部員と混じって、高跳びで使う大きなマットを体育倉庫に片付けていた星野を、鉄棒に寄りかかってぼーっと見ていた僕を、数人の男子部員といっしょに棒高跳びに使うさらに大きなマットを持ち上げようとしていた同じ陸上部の加藤が現実に呼び戻した。
「ああ、ごめん」
 俺は小さく走って男子部員に混じり、大きなマットの前側を持って、体育倉庫の方に運んだ。
 ほかの部の部員はすでに帰っていた。下校時間を十分ほど破っている。片付けの大変な陸上部の帰りが遅いのはいつもどおりだが、今日は特別に遅かった。
 マットを体育倉庫のところまで運び、体育倉庫にマットをしまうのに手間取っている女子部員たちの後ろで僕たちは一度マットを下ろした。女子部員はマットを縦に立てようとしていた。縦にしないと、体育倉庫の狭い入口を通すことができない。
 ため息をついた僕に、マットの後ろ側を持っていた星野が「ごめんね」と、高い澄んだ声で言った。
「ああ」
 そう、ぶっきらぼうに答えることしか、僕にはできなかった。やがて高跳びのマットは体育倉庫の中に入っていった。そして女子部員たちは先に顧問の若い先生の待つところまで走っていった。
 星野だけは、倉庫の鍵を持って入口の横に立っていた。男子部員たちはさっさとマットを倉庫にしまってしまい、顧問のところへ走っていった。星野は「おつかれ〜」と走っていく男子たちの背中に向かって言って、戸を閉め、鍵を閉めた…………。
 僕は今まで、女性を意識したことが――まったくなかったわけではないが――なかった。ここまで本気で、人を好きになったのは、初めてだ。僕は昔から男とばかりいっしょにいて、女子から逃げているし、おそらく避けられてもいる。
 けれど星野だけは、俺だけではないが、どんな男子にも話しかけてくれる。すごい美人、というわけでもないけれど、ひどくブスというわけでもない。いわゆる優等生だが、決して堅くもない。僕は、彼女を……。
 走り出すのが遅れてしまった。ほかの男子部員たちはみんな顧問のところまで行ってしまっている。
「どうしたの?」
 星野はすぐ後ろにいる。そして彼女は僕に話しかけた。僕は星野が言い終わる前に走り出していた。気の利いた言葉を作ることはできないが、走ることだけには自信がある。星野が後ろで笑っているように感じた。冬の風が顔の肌を切るように吹いた。



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